「参加賞!」

オリンピックでの感動


 人が感動体験によって成長するのなら、オリンピックは世界を育んだのではないか。率直な感想である。

 女子バレーボールチームのトレーナーとして帯同し、オリンピック村に入った。主な仕事は、選手の健康管理、コンディショニングづくり、テーピングなどであったが、たまたま英語が話せたので、通訳や渉外も手伝った。実は、そのトレーナー活動以外の方がはるかに大変だった。練習会場の変更がどう交渉してもできなかったり、あちこちで頭を下げて歩いてやっとバスを確保したりで、村内ではほとんど休む間もなかった。幸か不幸か、期間中に6キロ痩せた。

 さて、女子バレーは、史上最低の5位となった。前回不参加だった事実上の世界チャンピオン、キューバの参加で、ソウルでの4位からひとつ順位を落とした形となる。期待されていただけに残念であった。

 6月に6連勝していたロシアに対して、日本にはあってはならぬおごりがあったのだ。勝てると思って戦い、そして金銀の可能性が消えた。銅の可能性を持つベスト4をかけたブラジル戦でも日本は、一生懸命持てる力を出し切って戦ったが負けた。技術的に負けるはずがないと思っていたブラジルが、すでに、男子バレーでは常識のバックアタックを含む立体攻撃をマスターしていたのだ。

 多くの選手が敗れ、一握りの選ばれた者だけが勝つ。全ての選手が、勝つための努力をしてきたにもかかわらず金メダルは、ひとつだけである。だから皆本気で戦う。そして名勝負が生れる。緊迫感で空気が変わり、時が止り、人が感動する。目が輝き、呼吸が弾み、汗がほとばしる。僅か一瞬の出来事に世界が息をのむ。 

 苦楽を共にしたチームは、結果をだせなかったが、オリンピックという特別な舞台の感動を肌で感じた。日常では起りえない鳥肌が立つほどの感動体験は、選手だけでなく我々スタッフも最高の参加賞として心に刻んだ。

(バルセロナ五輪の裏話)1992年に書いたものです 


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